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マガツノート

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NOVEL

SHORT STORY

<2周年スペシャルSS>今から2年前……:蛇-ウロボロス-編

Character
光秀 利三 左馬之助 織田信長

 その日、私が最も敬愛するお方――、光秀様が帰ってこられたのは、朝日が上り始めた頃でした。

「ただいま……」
「光秀様、おかえりなさいませ。ご無事で――ッ!?」

 屋敷に着くなり倒れ込んだ光秀様のお身体を、私は間一髪で支えました。
生気を失ったかのように真っ青な顔をした光秀様。それもこれも、【第六天魔王軍】幹部の宴会に参加させられたせいです。

(ああ、なんとおいたわしいことでしょう……)

「あらら~、光秀様やっぱりグロッキーか」
「左馬之助。見ていないで、光秀様を寝室までお運びしますよ」

    ◇

「光秀様、それでは我々は失礼いたします。ごゆっくりお休みになってください」
「お水もちゃんと飲むんですよ~、光秀様」

 光秀様の寝る支度を整え、左馬之助と下がろうとしたその時でした。光秀様が嘆きモードに入られたのは……。

「はぁ……、最悪……。なんで僕がこんな目に……」

「光秀様、今日の宴会ではどんなことがあったんです?」
「左馬之助……!」
「いいじゃない。光秀様も眠れないみたいだし」

 確かに、この状態の光秀様はなかなか眠りにつかれません。落ち着くまで話を聴くのが最善と判断した私は、左馬之助と一緒に光秀様のお部屋に残ることにしました。

「今日は確か、光秀様達【第六天魔王軍】の幹部の中でも、最古参である勝家殿が主催の宴でしたね」
「そう。ほんとは行きたくなかったけど、仕方なくね……。だから、せめて静かに隅で飲んで適当に切り上げようと思ってたのに……、勝家のヤツ、この前の戦のことを話し出したんだ」
「この前の戦っていうと、アレですか? 光秀様の大活躍で、解放区の四大勢力のひとつを潰したヤツ」
「そう……。勝家がその時の僕がしたことをみんなに自慢しだしたおかげで、逃げるに逃げられなくなって朝まで……」
「それは大変でしたね、光秀様……。では、早くお休みに――」

「しかもさぁ……」

 光秀様がお休みになれるよう、話を切り上げようとしましたが、怒りがヒートアップしてきた光秀様に遮られます。

「その後、酔った勝家と秀吉が踊り出したと思ったら……、『伴奏しろ』って楽器渡されてさ……。仕方なく演奏してあげたけど、僕は馬鹿みたいな踊りに付き合うために楽器をやってきたわけじゃないんだけど?」
「フフ……、でもその様子ちょっと見てみたかったな~。って、なんで利三泣いてるの?」
「光秀様が過ごした地獄のような時間を憂いているのです……! 左馬之助こそ、笑いをこらえきれてませんよ」
「ああ、ごめんごめん。……でも、それで光秀様こんなことになっちゃったんですね」

「違うよ……」
「まさか、まだなにか不幸が……!?」
「うん。やっと宴会の終わりが見えたときに、アイツがやってきて――」

   ◇

『待たせたな、我が忠実なる重臣共よ。……随分と盛り上がっているようではないか』
『……お館様』
『どうした、光秀よ。我の登場が嫌とでも言いたげな顔だな?』
『いえ、そんなことは。お待ちしていました』
『フッ……、それでいい。ところで、主催はどこだ?』
『勝家殿なら、サルと一緒に向こうで潰れています」

『歳の割に元気なことよ。……まあいい。それなら光秀、貴様がやれ』
『は??? やれ、とは?』
『気が利かぬやつよ。折角こうして、我が【第六天魔王軍】の幹部達が集まっているのだ。ここは、結束を強めるような演説の1つも欲しいところであろう? 貴様がやれ。我はそれを肴に酒を飲む』
『…………………………………………わかりました、お館様』

   ◇

「――で、うすら寒い激励の演説をすることになって……。それも、信長が満足するまでずっと……! ああ、あああああ……!」

 死にそうな顔で語る光秀様の言葉には、強い怒りが込められていました。

(ああ、これは良くありませんね)

「左馬之助、光秀様にお茶の準備を……!」
「はいはーい」

「本当に意味がわからない。なんで僕だけがこんな目に? あああああ……! もう嫌だ……、善人のフリなんかもう嫌だ……! 今すぐ信長も、解放区の人間も、皆殺しにしてやる……!」

 普段、声を荒らげることのない光秀様がここまでお怒りになるとは、それほどストレスだったのでしょう。

「君ならわかってくれるよね、利三? 早く殺しに行かなきゃ……」
「――ッ!」

 光秀様の絶望を含んだ目。それを見た瞬間、光秀様に拾っていただいた時のことが脳裏によみがえりました。

『人があんなに悍ましい生き物だなんて、知らなかった。……利三、左馬之助、僕は理解したよ。もう、ダメだ。人間はゴミだ。だから殺そうと思う。この手で、一人残らず……』

 あの時も同じ目で……、そのおいたわしい目で世界を見つめる光秀様に私は――全てを捧げると誓ったのです。

(そうです、私は光秀様の軍師。目先の幸せよりも、もっと大きな幸せへと導くのが私の使命です)

「光秀様、落ち着いてください。今はまだ“その時”ではありません。光秀様の目的を達成するためには、ここは耐えるべきかと」

 そう、そもそも我らが信長についたのは、人類を滅ぼすだけの力を得るためなのですから。

「そんなの知ったことじゃない!! これ以上もう一分一秒我慢できない……! 今すぐ、今すぐに殺し尽くしてやる――!」

「は~い、お茶ですよ、光秀様。利三、鎮静効果もあるカモミールティーにしておいたよ」

 見計らったかのようなタイミングで、お茶を淹れた左馬之助が帰ってきました。私は、左馬之助から受け取ったティーカップを光秀様の口元に近付けます。

「でかしました、左馬之助! さぁ、光秀様、こちらを……」
「ンン……、ゴクッ。はぁ……はぁ……はぁ……」

 お茶を飲むと、光秀様は徐々に落ち着きを取り戻し、そのまま布団へと入られました。

「あぁ……おいたわしや、光秀様」

 険しい顔で眠る光秀様を眺めていると、そんな言葉がぽろりと口からこぼれ落ちました。

「利三、なにそれ?」
「……私は光秀様に救われて今、ここにいます。光秀様は私の全てであるということは間違いありません。ですが……、光秀様の悲願を達成するためには、時には光秀様にとって辛い選択をしなければならないこともあるのかもしれないと気付いたのです……」
「うーん、利三君は考えすぎじゃない? もっと気楽に行こうよ、気楽にさ。……一度失くした命なんだし」
「……お前は楽観的過ぎです」
「アハハ。まあでも、いいじゃんその台詞。オレもこれから使っちゃお~。おいたわしや、光秀様~♪」
「は!? なにを勝手に……!」
「あ、そうだ。一緒に言おうよ。なんか楽しそうだし」
「いや、なぜそのようなことを……」
「いくよ、せーのっ」

「「おいたわしや、光秀様……」」

 左馬之助につられて言ってしまった台詞。

 ですが、その時。ほんの少しだけ、光秀様のお顔が和らいだような気がしました。