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マガツノート

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NOVEL

SHORT STORY

<2周年スペシャルSS>今から2年前……:ホリーホック編

Character
家康 忠勝 直政

 ARK医療局、局長――、これは俺がそう呼ばれるようになって間もない頃のこと。

「何この書類!? 全然ダメ、こんなの子供の作文と同レベルだよ! すぐに作り直させて――、は? 先代の医療局長はこれでOKだった? 遅れが出るからこれで進めさせて欲しいって? そんなの許可できるわけないだろ! EVレベル減点されたくなかったらさっさと直させるんだ! 今すぐに!!」

「お、おい。この薬品の納期は今日までだと何度も確認していただろう? それがどうして出来ていない。……は? 期間が足りなかった? いや、そんなはずはない! 第一、この納期を事前に見積もったのはお前だろう!? それがどうして――」

「はぁ!? なんでたかがペン一本補充するのに、管理職5人から承認を貰わなきゃなんねぇんだ!? 罰ゲームか何かそりゃ!? これまで誰もツッこまなかったのかよ、こんなクソルール! ……今までこれでやってきたから変えたくない? ふざけたこと言ってっとその首叩き落とすぞ!?」

    ◇

「――いや、忙し過ぎない!?!?」

――深夜の医療局に、俺の悲痛な叫びが響き渡る。

 仕事が一段落した俺は、忠勝、直政と共に、深夜のカフェスペースで疲れきった身体を休ませていたのだけれど。

「ええ、まさかここまで大変だとは思いませんでした……」
「終わりが見えねェよ……」

 ……この馬鹿みたいな忙しさは、俺が前局長を引きずり下ろし、【ARK医療局】の局長の座へ就いたことから始まった。

 長らく、ARK3局の実質的なトップとなっていた医療局。その蓋を俺達が開けて目にしたのは……、腐敗、腐敗、腐敗。権力にものを言わせた不正、無駄、無気力が乱舞する地獄のような惨状だったのだ。
 おかげで、俺達3人はその立て直しから始めることになったのだけれど……。

「てかさ、上層部の連中が役立たずばっかりなのはどういうこと!? あれで特権階級だなんて、EVレベルの判定基準はどうなってるわけ!? こっちは死ぬような思いで審査やら試験やらをパスしてここまでレベルを上げて来たってのにさ……!」

「オレも、医療局の内情がここまで酷いとは思わなかったぜ……。管理職クラスは内部政治にばっか特化してて、医学的知識も足りなけりゃ実務能力も足りてねェ。そのうえ、意味のわからねぇルールが山ほどあって、無駄なプロセスも多いと来た……。ああもう! 思い出しただけでイラついてきた……、キレそうだぜホント!!」

「製造部の方も難ありだ……。個人で見れば優秀な者も多いのだが、総じてモチベーションが低い。……彼らは安定した仕事と収入が約束されている。ならば、これ以上EVレベルを上げるためのリスクを背負うより、現状維持した方がいい……、そういう考えが全体に蔓延してしまっているようだ」

「「「はぁ~………」」」

 お互いに同情するかのように、深いため息をつく。
 普段はネガティブに陥った俺を励ます側の2人も、今日は愚痴が止まらないらしい。

(はぁ……、ダメ。ホント挫けそう……、いや挫けないけどさ)

 そんな風に気落ちしているからか、ふと”ある不安”が頭をよぎった。

 ――忠勝と直政。
 2人は今も、本心から俺について来てくれてるんだろうか?
 ここ数年は「医療局長の座を得る!」という目標のために頑張って来たけど、その結果がこれで「話が違う」と思っていないだろうか。

(……って、そんなこと考えるもんじゃない!)

 俺はすぐに頭を振って、その悪い思考を払い落とす。

「まぁでも、俺達は着実に進んでる」

 コーヒーカップを置きながら、俺は自分へも言い聞かせるように口を開く。

「今は大変かもしれないけど、全ては計画実現のためだ。この医療局は俺達の城になるんだから、なんとか作り変えていくしかないよ。時間をかけて、少しずつでもね……」

「ああ、ンなことわかってるよ」
「ハハハ! 忍耐は我らの得意分野ですからな!」

 頷きながら強い視線をくれる2人に、少しだけ安堵する。

「それはそうと、あの計画――”ARKの乗っ取り”。マジでやんだな? 家康」

 ――ARKの掌握。
 人質としてARKに連れてこられた俺達は、子供の頃からこの復讐を胸に誓って生きてきた。それこそが俺達の悲願であり、行動の根底にあるものだ。

「……当たり前だよ。何のために死ぬ気で人質生活を生き抜いてきたと思ってるのさ。……君達も、今さらいち抜けしたいなんて、許さないよ?」

「ええ、当然のことです。自分達の辛い境遇を逆手に取る……、初めて聞いた時は正直半信半疑でしたが、家康様は宣言通りに自分達全員を守りながら、医療局長の座を手に入れられた。……ここまできてあなたを信じられない者などいない。自分の命を託すのに、家康様以上の方はいないと確信しています」

「オレも一応聞いてみただけだ。オレらを散々な目にあわせやがった連中を上から笑う……、こんなところで妥協して平々凡々に生きるより何百倍も痛快だぜ。十分、命を懸けるに値する。……それにまぁ、お前ら2人だけじゃ不安だからな。付き合ってやるぜ」

「忠勝、直政……。フフ、まぁ、君達ならそう言うってわかってたけどね」

 強い意志を持った2人の目に、確信する。俺はこのまま進めばいいんだってことを。

「嘘つけ、センチになりかけてただろ?」
「っ!? べ、別になってませんけどー??」
「家康様! 俺は家康様の鉾! 決しておそばを離れはしませんぞ!!」
「わ、分かった! 分かったから大声出さないで!」

「……ま、冗談はともかく、たしかに今は地道にやるしかねェな」
「はぁ……、辛いの大変なのは慣れっこっていったって、辛いのは辛いし、大変なのは大変なんだけどね……」
「秒で愚痴ってンじゃねぇよ」

 そうだ、下を向いている暇はない。
 どんな時でもリーダーらしく堂々としているのも俺の仕事だ。

(……それが、俺を信じてくれる2人への責任だ)

「……そう言えば家康様。解放区では昨今、あの信長が率いる【第六天魔王軍】が勢力を拡大しているとの噂を耳にしました。あやつらへの対処も考えておいた方がいいのでは?」
「チッ……、たしかにそうだな。乗っ取る前にARKが滅ぼされたんじゃ意味がねぇ。監査局長のヤツも何かいろいろ準備してるみてェだが、オレらも少し考えておいた方がいいな」

「よし。じゃあそれも含めて……、もうひと頑張りだ。忠勝、直政、頼んだよ!」

「「おう!!!」」

 ――深夜の医療局に再び響いたのは、俺の頼れる部下達の力強い返事だった。