SHORT STORY
<2周年スペシャルSS>今から2年前……:第六天魔王軍編
Character
【第六天魔王軍】――その名は解放区の者にとって、畏怖と希望の象徴だった。
「信長様だ! 信長様の凱旋だー!!」
「ついにあの目障りな陣営を潰したのか……。さすが信長様、これでほとんどの敵対勢力は片付いちまったな!」
「となると、いよいよ本格的に始まるんだな……、【ARK】との戦が!」
その日、【第六天魔王軍】本拠地は、凱旋するトップを一目見ようとする領民でごった返していた。
「お館様、領民が集まっています。ここは1つ、手でも振ってやっては?」
「フン、愛想をふりまくのは貴様の担当であろう? 光秀」
「初耳ですが……」
「笑みを浮かべ、心にもない感謝を口にする……、貴様の得意分野であろう?」
「…………何のことやら」
ゆっくり進む車列の中央で、信長と光秀はひときわ大きな車両の上に立っていた。
しかし、戦勝に沸く領民達とは対照的に、2人の表情は”いつも通り”。
だが、1人の少年が同じ車両に飛び移ってきた瞬間、信長の表情に変化が現れる。
「おかえりなさいませ、お館様!」
「――蘭丸か。出迎えご苦労」
現れたのは信長の小姓を務める少年――、蘭丸だった。
「パレードにも飽きられる頃かと思いまして。アレの方、万事用意できています」
「さすがは蘭丸。気の利くことよ。……今から向かう。貴様も共をせよ」
「はい、お館様」
「お館様、どちらへ? この後は重要な戦略についての合議が……」
「貴様に任せる」
◇
信長が向かったのは、浴場。
本拠地内の小高い丘に作られた露天風呂で、そこからは遮るもののない空と、解放区の荒野が一望できる。
信長はそこで、湯に浸かりながら酒を楽しんでいた。
「お待たせしました、お館様。湯加減はいかがです?」
「問題ない。……それより遅かったではないか、蘭丸。外で何をしていた?」
「いえ、他の護衛の方々が『この場所での入浴は狙撃の危険がある』と心配されるので、人払いに少々時間がかかってしまいまして」
「それで、何と言って引き下がらせた?」
「ただ一言、『それが良いのです』と」
「フフフ……、フハハハハハハ……! さすが蘭丸。よく分かっている」
信長が空になった盃を傾ける。すると待ち受けていたかのように、蘭丸が酒を注ぐ。
「領民どもは我を救世主だの英雄だのと謳うが……、勘違いもはなはだしい。我は覇王にして支配者。浴びるなら、好意よりも敵意の方が心地良い」
「それより信長様。いかがでした? こたびの戦は。是非蘭丸にお聞かせください」
「フ……、最悪よ」
魔王へ無邪気に話をせがむ……、他の家臣が聞けば顔を青くするだろう。
しかし、信長はむしろそれを待っていたとばかりに話し出す。
「まったく、サルめが。あの程度の敵に苦戦した挙句、我に尻拭いをさせおって……。もし次に同じ失敗を犯さば、我がその首を落とすと脅しを入れてやったわ」
「おや、僕はもう首を落とされたものとばかり……。秀吉様には以前、何度か遊んでいただいたこともあったので、悲しく思っていたところでした」
「ハハ、それは危ないところだったな。まぁ、あやつは我同様に強い欲望と、それを力へ変える方法を本能的に理解している。ここで殺すにはまだ惜しい。今はまだ子ザルだが、いずれは我をも楽しませてくれるだろう。……金柑のヤツも少しは見習って欲しいものよ」
「お言葉ですが、それは困りますお館様。光秀様までお館様や秀吉様のようになられては……、軍がまとまらなくなってしまいます」
「ほう、我にはまとめられぬと?」
「いいえまさか。しかし、お館様がそんなことに手を取られては……、こうして僕と話をする時間が減ってしまいます」
「ハハハハハハ……! よく言ったものよ」
……誰もが恐れる信長。
その傍にいながらまったくの恐怖もない。それどころか信長の話を、まるで英雄譚でも聞いているかのように目を輝かせる……。それがどれだけ異様なことであるか、この解放区に分からぬ者はいないだろう。
それが許されているのは、蘭丸が信長にとってただ1人の【理解者】だったからだった。
「……ん?」
そこで、夜空に浮かんでいた月が雲に隠される。
風も湿度を含んだものに変わり始めていた。
「よいところであったのに、気の利かぬ空よ」
「――お着換えをお持ちします」
「ああ」
しかたなく歓談を止め、信長は湯から上がろうと湯舟へ手をかける。
……その時だった。
「……っ?」
信長の脳裏に、奇妙な痛みと光景が走ったのは。
◇
『明智の兵はこの森蘭丸にお任せを。織田信長の最期……、誰にも汚させはしませぬ』
見えたのは、懐かしい炎。
そして、少年と、1人の尋常ならざる空気を身にまとった道化。
『どうか……、この手をお取りください。さすれば私めが、信長様に新たな戦乱をご用意致しましょう』
『果心居士、貴様やはり……、妖の類であったか……』
『ええ。私は【悪魔13貴族】が1人、真名をメフィストフェレスと申します。さぁ……、どうか契約を――、信長様』
◇
「どうかされましたか? お館様」
「っ!?」
蘭丸の声で、信長は目を覚ました。
しかし、
「少々顔色が悪いようですが、まさか体調が――」
「我に触れるな……!」
「っ!?」
自身を心配し少年が伸ばした手を、信長は払いのけていた。
「誰だ、貴様は……?」
「お、お館様……? どうされたのです? 僕は蘭丸で――」
「答えよ。なぜ蘭丸の姿をしている? ……万死に値する行為であるぞ?」
その瞳は、先ほどまで彼が少年へ向けていたそれとは違う、烈火のような怒りを湛えていた。……まるで、大切なものを汚されたかのように。
「――っ!? 我は今、何と……?」
だが、それは長くは続かなかった。
信長が我に返ると同時に、その怒りも消えていく。
「お館様、本当にどうされたのです?」
「……心配はいらぬ。それより、上がるぞ」
「あ、お館様……!?」
(あの光景は一体……、見たこともない場所だったが……)
足早に浴場を出ていく信長。
その頬には一筋の汗が流れていた。
(なぜ、我はあの炎を”懐かしい”と感じて……?)
◇
「フフフ……、もうすぐ、もうすぐですよ我が”主”……」
解放区の、どこか。
「もう間もなく、全ての舞台が整います」
闇の中に蠢く人ならざる者が、ひとり。
「それまでどうか……、このメフィストフェレスめがしつらえた、良き覇道の”夢”を……。フフ、フフフ……、ヒャハハハハハハハハハハッ!!」
時は西暦2220年。
”織田信長”の目覚めまで、あと2年……。