pagetop anchor

マガツノート

OPEN CLOSE

NOVEL

SHORT STORY

<2周年スペシャルSS>今から2年前……:ARK監査局編

Character
政宗 小十郎

 それは執行官になってから初めて迎えた、とある休日のこと。
 俺は意を決して、その言葉を吐いた。

「……それじゃあ、発進するぞ」
「ええ、参りましょう政宗様。初めての……ドライブへ♪」

   ◇

 カテドラルで車両の運転免許が取得できるのは、18歳以上のみ。
 しかし例外として、職務で必要な場合は年齢制限が免除される。

 なのでもちろん……、『執行官』もその対象になっているわけだ。

「信号――、よし。左右確認――、よし。それでこの道路の制限時速はたしか……」
「政宗様、ウィンカーを」
「わ、分かってる! ええと、次が左折だからまずレーンを変更して……」
「政宗様、どうか後方確認をお忘れなく」
「これからするところだ! 頼むから、少し黙っててくれ小十郎」
「あの、政宗様」
「小十郎! だから今は話しかけないでくれと――」
「いえですが、後方から医療局の緊急車両が接近中で」
「何だと!? こういう時はええと……、緊急車両のために路肩へ寄せて停車――」
「お待ちを政宗様、そちらではスペースが……!」
「あ……!? くそっ、何とかねじ込んでみせるっ――!」

 ……1つ断っておくんだが、別に俺は運転が下手ではない。

 いや、本当だ。執行官の候補生が受ける訓練には運転講習も含まれていて、そこでの俺の好成績が証拠だ。断じて、嘘じゃない。

 ただその……、その講習はかなり”実戦”向きで。最低限の交通ルールを抑えた後は、ひたすら有害人類とのカーチェイスや、解放区での移動を前提にしたものがほとんどだったんだ。
 ようするに、早く走らせる方法はしっかり学べたんだが――

「ま……、まさか一般道を走るのが、こんなに神経を擦り減らすものだとは思わなかった……」

 態勢を立て直すべく路肩へ車を止めた俺は、そう漏らしながらハンドルへ突っ伏す。
 すると、そんな俺を見て小十郎が呆れたようにため息をついた。

「気負い過ぎです、政宗様……。いくら一般道ではルールを遵守しなければならないとはいえ、ある程度は臨機応変にいかなければ。それに、少しくらい違反したからといって即処罰されるようなものでもないのですから」
「『少しくらい』……? 俺達は『執行官』なんだぞ、小十郎。【ARK】の法の番人がそんな無責任なことでどうする……!」
「そういう真面目なところはあなたの長所ですが、何でも杓子定規は良くありませんよ?」
「アンドロイドがする説教か、それは……???」

   ◇

「……それで、政宗様。一体どうして突然『ドライブへ行こう』などと?」

 ドライブを再開し、ようやく運転にも慣れてきた頃。ふと、そう小十郎が尋ねてきた。

「それは……、お前へのお礼に、と思ってな」
「私へのお礼?」
「車両の運転ができる――というのは、一種の『大人の証』だろう? だから、これまで俺の親代わりをしてくれていたお前への礼としては、悪くないんじゃないか、と……」
「政宗様……」

「今までありがとう、小十郎。今、俺がこうして生きていられるのも、執行官になれたのも、お前が俺を鍛えてくれたおかげだ」

「……本当に立派になられて、私も嬉しいです政宗様。亡くなられたご家族も喜んでおいででしょう」
「そうだといいがな」

「……ええ、きっとお喜びですよ。きっと……」

 その言葉には、どこか違和感があった……ような気がした。

「小十郎?」

「何でもありません。少し訓練のことを思い出していたんです。……いろいろと、大変だったな、と……フフフ」
「ど、どういう意味の笑いだ、それは」
「いいえ、感謝されていたわりに随分反抗的だったなと。剣術についても、私が『基礎はこうです』と教えても、『俺はこっちの方がやりやすい』『実戦ではこっちの方がいいはずだ』などと言って頑固に自己流を貫こうとするくせに、あとで模擬戦に負けて泣く泣く私の教えを受け入れる……、一体何度繰り返したことか」
「おおげさだな。1回や2回くらいだろう」
「私がアンドロイドなのをお忘れですか? 正確な回数と、それぞれのケースを詳細に今ここでお話しても構いませんが」
「4、5回くらいはあったかもな……」
「もっとですよ」
「そうか? ……まぁただその、なんだ……」
「何です?」

「……これからも迷惑かけると思うが、よろしく頼む」

「フフ、分かっていますとも。そもそも、それが私の役目ですから……。こちらこそよろしくおねがいします。ではとりあえず、引き続き安全運転で頼みますね?」
「任せておけ。さすがにそろそろ慣れてきて――」

 と、そこで俺と小十郎、双方の端末から呼び出し音が鳴り響いた。
 しかもこの音は、監査局からの緊急出動要請だ。

「どうやら休暇は中止のようですね。現場はここから約20キロ」
「となると、このまま車両で直行した方が早いな」
「出動中は緊急車両扱いですから、交通ルールは無視で大丈夫ですよ」
「あくまで信号の停止義務と速度制限が免除されるだけだ。全部は無視できない」
「フフ……、それで構いませんから、急いでください。”執行官殿”」

「ああ、任せておけ……!」

 ……これまでは親であり、師だった小十郎。
 しかし、今の彼は執行官である自分の補佐官で、相棒にして部下だ。

(いつまでも、世話されてばかりではいられない。これからは……、俺が小十郎を守る番だ。これまでの恩を返すためにも)

 決意と共に、俺はアクセルを踏み込む。
 ……しかし、

「…………」

 そんな俺を見る小十郎の目へ、わずかな後ろめたさがあったと気付いたのは――、

 ここから、2年ほど後のことだった。