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マガツノート

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NOVEL

SHORT STORY

<Episode 1-before> Work life balance

Character
家康 忠勝 直政

 ――【健康】。
 それは何よりも優先されるものだ。
 だって、そうだろう? どんなに強大な力を持っていても、どれだけ莫大な富を持っていても、不健康なんじゃ意味がない。宝の持ち腐れだ。
 そして、その【健康】を維持する最も効果的な方法はズバリ――、休むことだ。

   ◇

『脳波正常。血中コルチゾール正常。ボディメンテナンスモード、終了。――おはようございます、家康様』

 電子音声と共にカプセルが開く。それに合わせて、俺も眠りから目覚めていく。

「ふぅ……、スッキリした」

 俺は具合を確かめるように軽く体を動かしつつ、カプセル内のベッドから降りる。
 すると――、

「ははは! はははははは!!」

 隣のプールから、ザバザバという盛大な水音と共に忠勝の笑い声が響いてきた。

「忠勝? 君、まだ泳いでたの?」
「ちょうど20キロを超えたところで! 家康様もいかがです、共に遠泳でも!」
「あーうん、俺はいいや」
「そうですか! ははははは!」

 運動のし過ぎでランナーズハイならぬ、『スイマーズハイ』になっている忠勝を尻目に、俺は用意させておいたドリンクに口を付ける。
 ここは、中央街の保養施設。それも特権階級の中でも上位の者しか使用できない特別な場所だ。今日、俺は忠勝と共にここを貸し切り、休暇を満喫していた。

 ちなみに、俺が今入っていたカプセルは体のメンテナンスを行ってくれる装置だ。内部は温度、湿度、気圧、そして酸素濃度まで完璧に管理されており、同時に血中老廃物の濾過まで行ってくれる優れモノ。この中で1時間も眠れば疲れなど飛んで行ってしまう。なお、当然医療局謹製だ。

(肌の張り、よし。髪の艶、よし。うん。今日も我が身体は美しく、そして健康だ)
「――自分の身体見てうっとりしてんじゃねぇよ、この美容オタク」
「……直政?」

 いつの間に入って来たのか、振り返ると直政が立っていた。

「失礼だな。美しさは精神と肉体の健康状態を表すバロメータ。それを維持することは健康を維持することにも繋がるんだ」
「へぇへぇ、そうでした」
「それより何の用? 君は今日、通常勤務だったんじゃ?」
「ああ、実は急ぎで確認して欲しい件があってだな――」
「直政! 何と無粋な……!」

 そこで直政の声を聞きつけてか、忠勝がプールから上がって来た。

「家康様は休暇中なのだぞ? 仕事の話は明日にしろ、明日に」
「知るかよ。こちとら急いでんだ」
「しかしだな……!」
「忠勝、ステイ。いいよ直政、見るよ」

 忠勝を制して、俺は直政から端末を受け取り、手早く書類に目を通していく。
 内容は流行り病の治療薬に関してで、試作品が全て揃ったので、治験の開始を承認して欲しいというものだった。

「うん、OKかな。承認っと……。ちなみに俺の勘じゃ、本命は5号かな」
「開発部の連中と同意見か、さすがだ。……そんじゃ、休暇中に邪魔したな」
「――あ。待て、直政」
「何だ忠勝。まだ文句があんのか?」
「そうではない。ただ……、そういえばお前が休暇をとっているのを見たことがないと思ってな。……身体は大丈夫なのか?」
「俺は休みなんざ要らねぇよ。どうせ休んだ分、あとで忙しくなるんだからな」
「い、いやそれはそうだが……。何と言うか、お前は本当に仕事が好きだな……」
「勘違いすんな。俺は単に、目的を設定してタスクを1つずつ潰していくっつー行為が好きなだけだ。でなきゃ、誰がARKの手伝いなんざするか」
「そうか? だが、羨ましいぞ。俺も精一杯職務に当たっているのだが、お前や家康様のように上手くはなかなか……」
「気にすることはないよ、忠勝。君は十分職務を果たしてくれてる。それに、君の本業は戦闘だ。書類仕事の出来なんかで、君を評価を変えたりしないさ」
「家康様……! 何ともったいないお言葉……! ありがとうございます!」
「ったく、甘いことで……。そういや、そう言うお前はどうなんだ、家康。医療局長まで上り詰めたわけだが、どんな心境で仕事してんだ?」
「実を言うと、結構楽しんでるよ。こういう人の上に立つ仕事、俺の能力や性分に合ってるみたいでさ、やりがいがある」
「はははは! さすがは家康様、この状況を楽しんでおられたとは……! この忠勝、感服いたしました!」
「あのビビリが立派になったもんだぜ。……ただ、仕事を楽しむのは結構だが、本来の目的を忘れちゃいねぇだろうな?」
「フフ……。陰謀と休暇――それくらい同時にできなきゃ、医療局長は勤まらないよ? 直政」

 直政の言葉に、俺は畳まれていた上着から1枚のカードを取り出してみせる。

「こいつは……、まさか例の件の?」
「そう。監査局から盗んだ対武将用兵器の制御コード。今朝やっと届いてね。……これがあれば、蘇生した『彼』を意のままに操れるようになる」
「っ!? つまり、『彼』を手駒にすると? ということは家康様……!」
「ARKに、ケンカ売るってーことか?」
「『彼』はあの【第六天魔王軍】のトップだよ? このチャンスを逃す手はないさ」
「では、ついに来るのですな!? 我らがARKを乗っ取る、その日が……!!」
「はは……、ようやくその気になりやがったか、家康! それじゃさっそく準備しねぇと……」
「2人とも、ステイ」
「「はっ――」」
「盛り上がるのは結構だけど、全ては彼の遺体が到着してからだ。だから――」

「今は、ゆっくり休暇を満喫しようじゃないか」

   ◇

 『生きてさえいれば、いいことがある』――そんな俺のモットーは、ついに証明されつつある。

(『織田信長』――、彼の力を手に入れて、俺はついに変わるんだ。殺される側から、殺す側へと……)

 そして、そうなってから最初に殺す相手はもう決めている。

(もうすぐお別れだねぇ……、政宗君)

出典:Bs'LOG 2022年8月号