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マガツノート

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NOVEL

SHORT STORY

<Episode 1-before> Plant Park

Character
光秀 利三 左馬之助

 ――「あの武将・信長が死んだ」
 その知らせは、あっという間に解放区中に広まった。
 当然、彼の率いていた【第六天魔王軍】は、その知らせで天地がひっくり返ったような大騒ぎになった……らしい。
 なぜ「らしい」なのか? それはもちろん、この僕――光秀は、その場にいなかったからだ。

   ◇

 信長を本能寺で焼いた翌日、僕は利三や左馬之助達と共に新たな本拠地へとやってきていた。

「これは……、なかなかの惨状ですね」
「だねぇ。掃除のしがいがありそうだ」

 僕らが新たな本拠地として選んだのは、古い食料生産ドーム。かつては果樹などを栽培していた場所なのだけど、長く放置されていたせいで植物はほとんど枯れかけという酷い有様だった。

(ここの植物達は、大衝突以前のものが多い。人の手がなければ、今の世界の環境には耐えられない……)

 僕はふと、傍に生えていた花を一輪摘み取る。既に枯れてしまっているけれど、古いデータで見たことがある。たしか名は……、”桔梗”。

(可哀そうに。本当なら200年前、仲間達と一緒に消えるはずだったのに。人の手で勝手に復元されて、かと思えば今度は放置されて……、最低だよね)

 人間と違って植物には裏表がない。生きることに精一杯で、誠実だ。そして、彼らは死んでも養分となって、他者への施しとなる。その在り方は本当に美しい。人間が彼らの何分の一かでも利口だったなら、この世界もまだ救いようがあったろうに。

「「どうかご安心を、光秀様」」

 ……そんな、僕の心の痛みを察してか、利三と左馬之助が揃って声を上げる。

「ここの植物は、我々が直ちにお救いします。施設の復旧についてもお任せを」
「どのくらいかかる? 利三」
「幸い私と左馬之助以外の配下も一部残ってくれましたし、2~3日といったところでしょうか」
「あ、光秀様~。住居と庭のデザイン、オレがやってもいいですか? こればっかりは利三に任せられませんし」
「任せるよ、左馬之助。落ち着ける感じで、よろしく」
「はーい。フフ、どんな感じにしようかなぁ~♪」
「では、さっそく始めましょう。ンンン……! 腕が鳴りますね。ここを光秀様の――いえ、我ら【蛇(ウロボロス)】の本拠に相応しい姿としてみせましょう!」

 それから、利三と左馬之助が指揮をとって、ドーム内の改修と造園が進み始めた。
 その間、僕は左馬之助が用意してくれたイスで、彼らの作業の音を子守歌に一休みすることにしたのだった。

   ◇

「……にしても、まさか信長を暗殺することになるなんてね。軍師としては色々予定が狂って、大変なんじゃない? 利三」
「愚問ですね、左馬之助。全て光秀様が決められたこと、文句などありません」
「ま、そっか。利三は光秀様に褒められて、”良い子良い子~”って頭なでなでしてもらいたいだけだもんねぇ」
「私は5歳の子供か何かですか!? 別に私は、見返りなど求めたりは……」
「して欲しくないの? なでなで」
「そうは言っていません」
「して欲しいんだ?」
「っ……それより! そう言うお前はどうなのです! 光秀様の選択に文句があるとでも!?」
「いや、オレも別にないよ? オレは、あの方のすることを傍で見ていたいだけだし。ああでも、”どうしてそうなったのか”には興味あるな。光秀様の、あの”発作”がいったい何だったのか、とか」
「……相変わらずですね、お前は。はぁ、昔はあんなにまっすぐな優等生という感じだったのに、なぜこんな酔狂なヤツになってしまったのか」
「それを言うなら利三もでしょ? 昔はオレ以上のクソ真面目な堅物だったじゃないか。それがどうして、こんなドS方面へ弾けちゃったのやら」
「変わりもするでしょう。あんなことがあれば……いえ、そこはお互い様でしたね」
「だねぇ。道三様と義龍様の内紛でお互い光秀様に命を救われて……、もう10年。他でもない、光秀様だって変わった」
「違いますよ、左馬之助。光秀様が変わったのではなく、我々が知らなかっただけなのです。あの方が……、全ての悲しみを消し去るため、その根本を絶つ覚悟をされるほどに、お優しい方だったということを」
「なるほどねぇ、利三らしい見解だ。でも同感だよ。つまり結論としては――」

「「光秀様は、今も昔も素敵なお方だ」」

   ◇

 どのくらい眠っていただろうか。利三と左馬之助の話し声に、僕は目を覚ました。

「……おはよう。利三、左馬之助」
「「おはようございます、光秀様」」
「久しぶりにぐっすり眠れたよ。……あいつが死んだからかな」
「フフッ、それは何より。じゃ、このあたりで食事にでもしましょうか。あ、利三は仕事があるからいいよね?」
「左馬之助……、光秀様を独り占めにはさせませんよ! 私も休みます!」

(……やれやれ、2人とも元気だな)

 張り切って食事の準備を始めた2人を尻目に、僕は再びイスに身を預け、これからのことに思いをはせる。

(”方法”はすでにある。あとは……、必要な”相手”を揃えるだけだ)

 この世界から、人間を消し去る――それが僕の目的。そして、そのための”方法”は、すでに手の中にある。
 問題は、その”相手”だ。本来は信長が候補だったのだけど、それができなくなって代わりに選んだのはあのサル――秀吉だった。サタンの心臓の情報も、そのために彼へ流した。

(……でも、正直気が進まないんだよね)

 人間は欲深いゴミばかり。それはわかっている。でも、最後に殺し合う相手くらいは選びたいじゃないか。

(どこかにいないかな)

 ふと空を見上げると、ドームのガラス天井の向こうで、月が静かに浮かんでいた。

(僕らと同じ悲しみを知る……、そんな”宿敵”が)

出典:Bs'LOG 2022年7月号