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マガツノート

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NOVEL

SHORT STORY

<読み切りSS> 箱庭の住民達

Character
幸村 佐助 才蔵

——暗殺集団 【六道閹】。
 それは、私が生み出した箱庭。
 それは、社会から疎まれ、蔑まれ、破滅的な死へ向かうだけの……、そんな愛すべき【異端者達】の安寧の地。
 ここではあらゆる生き方が許容される。それが例えどれほど歪んだモノであったとしても、私が全てを赦す。
 ……なぜなら、私もまた一人の【異端】なのだから。

  ◇

「……サイゾー、足から洗ってんの! びっくりしたよな! ……ユキ、聞いてる?」

 一体何を話しているのかと思えば風呂でどこから先に洗うか、という話題のようだった。

「ああ、すまない。 ……才蔵は昔からそうだったな」
「まじー! オレは絶対顔! スッキリするし!」

 佐助がこの話をするのは何度目だろう。よほど昨日行った大衆浴場が気に入ったらしい。

「広いお風呂は伸び伸びできましたね。それに、ゆきと直接肌が触れるあの快感、病みつきになりそうです……」
「サイゾーは興奮するとすぐ電流漏らすからビリビリすんだよ〜」
「だって、あまりに気持ちが良かったので……、ふふっ。すみません、ゆき」

 その時の事を思い出してか、才蔵は夢見心地のような表情を私に向ける。

「構わないよ。ただ、佐助もいる時は気をつけなさい」

 才蔵の言葉に微笑みを返し、私は続く二人の会話を静かに聞くことした。

「てか、ユキと風呂ならオレいつもアジトで入ってるよ?」
「それはゆきの入浴中に無理やり押し入ってるだけでしょう」
「いつも『おいで』って言ってくれる!」
「それは私にも言ってくれます!」
「オレと一緒に入るのが楽しいからだよ!」
「……はぁ。ゆっくり入れないから少しは遠慮を……」
「毎回体洗いっこしてくれるし!」
「私だってゆきの体を隅々まで洗いたい衝動を抑えてるというのに……!」
「今日も一緒に入ろ! な、ユキ?」
「むぅ……、佐助ずるいです。今日は私がゆきと入ります!」
「えー! オレ楽しみにしてたのに……じゃあ勝負しよ! 勝った方が今日はユキと——」

「二人とも、少し静かに。そんなに騒いでは……、彼も集中できないだろう?」

 私は床に両足を付き、体を小さく折り曲げて座る男を見下ろす。
 思いの丈を綴ったその紙は、涙と汗と血で今にも破れそうだ。

「それで、どうかな? 遺書はできたか? ふむ……『愛する娘へ。お前は父さんの唯一無二の宝物だ。父さんは、いつまでもお前を愛しているよ』……」

 この男は商人だ。何でも、人身売買で暴利を貪って恨みを買い、暗殺の対象になったらしい。

「なかなかに美しい親子愛だ。奴隷商に人の心があったとみえる。……これは私がきちんと君の娘へ届けておこう。では、安心して逝きなさい」

 ……そうして額に弾丸を受け、男は絶命する。
 なんとも凡庸な最期だが、遺書から滲み出る彼の心は、これまでの行いと相反して美しいと感じられた。

「悪くないが……、少々物足りないか」

 と、ここでいきなり佐助が私の左腕を引っ張り、それに対抗するように才蔵が右腕に絡みついてきた。

「ゆきと背中流しっこするのは私、とさっき勝負で決めたでしょう? あなたは昨日シタんですから」
「はぁ!? まだ決着ついてないし! ね、ユキ!」
「むぅ……はぁ……。わかりました。ゆき、今日このままあの大衆浴場に行きません?」
「いいの!?」
「さっきから昨日の話をしてるから、快感が思い出して体が疼いてしまって……」
「サイゾー天才! そうしようよ、ユキ〜!」

 佐助と才蔵は、顔を輝かせながら両脇から私を覗き込んできたので、

「二人が行きたいなら、私は構わないよ」

と答える。

「やった〜! ユキ大好き!」
「あぁ……。今日もゆきの素肌を堪能できるだなんて……、激ってしまいます」
「あ、でも電流はちゃんと抑えろよ、サイゾー? 明日も仕事入ってるんだからな!」
「ええ、善処します。できるだけ。ふふふ……」
「楽しみだな〜! 三人で洗いっこするの約束な!」

 今日はこれから三人で風呂に浸かって汗を流して……、それで夕飯は何にしようか。今日の当番は私だったはずだ。アジトの子らにも希望を聞いて、食材を用意しなければ。あと、それから……、

 明日の標的はどんな人間だろうか?

 どんな殺し方が、どんな最期が相応しいだろうか? 今日は今一つだった。明日は何か工夫を凝らさねば。より良き死を知るために。

(……ふふ。充実した毎日とは、こういうことを言うのだろうな)

 そんなことを考えながら、私は先を歩く【家族達】の後を追ったのだった。

出典:B'sLOG 2023年2月号