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マガツノート

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NOVEL

SHORT STORY

<Episode 1-before> Holiday

Character
政宗 小十郎

 ――【執行官】。
 それはカテドラルの治安を司るARK監査局のエージェントであり、EVレベル0以下の “有害人類“の処分を行う者達。
 高い戦闘能力を要求されることから、彼らの総数はさほど多くなく、必然、休みも滅多にない。
 しかし、この日はその貴重な日の1つだった。

   ◇

「……こんなことなら、本部で訓練でもしていればよかった」
「何か言いましたか? 政宗様」
 貴重な休暇の昼下がり。小十郎のたてた【リフレッシュプラン】とやらで連れ出され、俺は中央街のカフェへ来ていた。
「政宗様……、あなたのその生真面目なところは確かに美点でしょう。ですが、時には仕事を忘れてリフレッシュするのも大切なことなのですよ?」
 小十郎の小言を聞き流しつつ、俺はコーヒーに口をつける。
 彼とはもう10年の付き合いになる。保護者として剣の師として、俺を育ててくれた彼にはどれだけ感謝しても足りないが、この過保護さはいただけない。
「聞いていますか? 政宗様」
「ああ」
「ならば、休暇の大切さはお分かりですね? では、はい。あーん」
 そう言うと彼は、自身のパンケーキを一切れフォークで差し出してきた。
「意味が分からないんだが」
「ですから、リフレッシュです。人間は糖分を摂取すると、幸福感を感じる脳内物質が出るのですよ」
「腹は空いていない」
「デザートは別腹なのでしょう? 人間は」
「俺の腹は1つだ」
「……こんなにおいしそうなのに、相変わらず食への関心は薄いのですね」
「空腹でもないのに食料を消費するのは気が進まないだけだ。食事は、必要な栄養がとれれば十分だろう」
「のわりに、私の手料理へは色々と意見を言っているような」
「あれは……、お前が『正直な感想を』と言うから。いつも作ってくれていることにはもちろん感謝しているが、それと感想を偽るのとはまた別だろう?」
「なるほど。実にあなたらしい」
「杓子定規で悪かったな」
「素直だと誉めているんですよ。どうです? ここはその素直さを発揮して、一口だけ食べてみませんか?」
 どうやら彼の決意は固いらしい。こうなった時の彼はテコでも動かない。……結局、折れるのは俺なのだ。10年前からずっと。
「……一口だけなら」

   ◇

 それからしぶしぶ小十郎の“リフレッシュ”に付き合い、最終的に丸1枚食べさせられたものの、残りは彼が平らげた。
 食事をするアンドロイド、というと奇妙に感じるが、彼の身体には生体部品も使われていて、その維持に有機物の摂取が必要らしい。
「ごちそうさまでした、と。これでフェイズ3が終了です。次は……、ああ、雑貨店でお買い物でしたね♪」
 俺はもう観念して休暇を過ごすことに決め、彼に続いて席を立った。
 ……ところが、
「きゃっ!?」
 運悪く、脇を通りかかった店員と肩がぶつかってしまった。
「お客様すみません、お怪我は……っ!?」
 そこで突然店員の表情が驚きで歪む。理由は一目瞭然だ。彼女の視線が、俺の腰の刀で止まっていたのだから。
「執行官様!? も、申し訳ありません! わざとではないんです!!」
(この反応……。そうか、下級市民か)
 ここ中央街は特権市民が暮らす街だが、労働者には下級市民も混ざっている。
 そして、【EVレベル】の低い彼女達下級市民は、必然的に執行官の処分対象になりやすい。結果、いつもこういう反応を取られがちになってしまう。
「気にしないでくれ、俺こそ悪かった」
「は、はい……、申し訳ありませんでした! し、失礼します……!」
 優しく声をかけたつもりだったが、結局彼女は怯えた表情のまま、頭を下げて裏へ引っ込んでいった。
「別に、真面目に働いている方達へ危害を与えることはないのですが……、なかなか複雑ですね」
「仕方ないさ」
「しかし、政宗様は彼女も含めた市民の命と街の治安を守っているのです。もう少し理解があっても……」
「いいんだ。俺は別にヒーローになりたいわけじゃない。ただ、ARKの正義に基づいて、悪を斬る。それだけだ」
「政宗様……」
「むしろ、俺達が恐れられることで犯罪の抑止になるかもしれないだろう? そうすれば、俺のように両親を失う子供も減る」
「……なるほど。あなたがそれでいいのなら、私はそのお手伝いをするだけです」
「頼りにしている、鬼教官殿。もう誰も失わせないために、俺は強くなりたい」
「なれますとも。あなたなら……」
「だといいが」
 ――と、ここで不意に、俺と小十郎の通信機が鳴り出した。
『有害人類による傷害事件が発生。待機中の執行官が別件で出動済みのため、政宗、小十郎両名の休暇は現時刻をもって取り消し。至急、出動せよ』
「……現場は少し遠いですね。政宗様はこのまま直行を。私は現地の警官隊に連絡をとります。あと、予報によるとまもなく天候が崩れるそうですので、一応ご注意を」
「ああ、了解した」
「それから、もう1つ――」
「?」
「残りのリフレッシュプランは、次回の休暇に持ち越しとしますので」
「……何年後になるやら」
「何年かかっても、完遂させます」
「分かった分かった」
 小十郎と軽く拳をぶつけ合って、俺は走り出す。
(小十郎には悪いが、やっぱり俺にはこちらの方が性に合っている)
 同時に戦いへ向けて感覚を研ぎ澄ませ、自らを変えていく。政宗という人間から、ARKの正義を守るための、【刃】へと。

 全ては、人類再興のため。
 この“方舟“を守るため。

 俺は――、悪を断つ。

出典:Bs'LOG 2022年5月号